令和4年度大学院教育学研究科入学式 学長告辞 大学紹介

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 「すべてのものが、清らかで生き生きとしている」という意味の、清明(せいめい)。本日、4月5日は、二十四節気の一つ、「清明」です。
 この日、晴れて、奈良教育大学大学院教育学研究科に入学された、専門職学位課程43名、修士課程19名の皆さん、入学おめでとうございます。依然続いているコロナ禍の中、本学大学院への進学を目指して、日々努力を積み重ねてきたことに対し、敬意を表します。また、常に皆さんを支えてこられたご家族や、ご関係の皆様に、心よりお祝い申し上げます。

 本来であれば、この入学式は、教育学部新入生、ご家族の皆様、ご来賓、教職員、在学生、そして、ブラスバンドや合唱団とともに、盛大に挙行するところではありますが、本年度もまた、密を避け、時間短縮で実施せざるを得なかったことは、誠に残念ではあります。その分、一層の心を込めて、お祝いの言葉を述べたいと思います。


 まず、皆さんにお伝えしなければならないことがあります。それは、この4月1日より、本学は奈良女子大学と法人統合し、「国立大学法人 奈良教育大学」から、「国立大学法人 奈良国立大学機構 奈良教育大学」へと変革したことです。
 これは、両大学の合併ではなく、教員養成単科大学である奈良教育大学の存在に変わりはありません。その上で、この法人統合により、教育大学としての本学の強みと、奈良女子大学が持つ強みを互いに共有し合うことで、皆さんにとっては、学修や研究の幅が拡がることになります。
 また、今後は両大学を核として、奈良国立博物館、奈良文化財研究所、奈良先端科学技術大学院大学、奈良工業高等専門学校等、奈良県内の高等教育・研究機関や自治体、企業、そして近隣にある関西文化学術研究都市(けいはんな学研都市)の各機関と、強い連携を築いていきます。
 そして、他の都道府県にあるような総合大学を目指すのではなく、教員養成単科大学である本学、女子大学である奈良女子大学、そして奈良ならではの教育・研究諸機関が、独立し、かつ強く連携するcollegesとして、日本の新しい高等教育を、奈良の地で築き上げていきます。
 この計画は、何より、学修者としての皆さん一人一人の、豊かな人生の構築に寄与すべき、という願いをもって構想したものです。どうか、その利点を生かし、大いに学び、研究し、経験を拡げ、学識を深めていただきたいと思います。

 さて、奈良教育大学は、2007年に、大学として全国初のユネスコスクールに認定されました。それに続き、認定された附属幼稚園、附属小学校、附属中学校とともに、「持続可能な開発のための教育」(ESD:Education for Sustainable Development)を推進しています。これは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成を、教育の面から目指していくことであり、教育課程の中にもしっかりと位置付けています。また、皆さんが受講する科目のシラバスには、1つ、ないし複数のSDGsのロゴが貼り付いています。受講する科目が、持続可能な開発とどう関わっているのかを知ることができます。

 日本においても、世界においても、東日本大震災や、気候温暖化が原因ともされる自然災害、新型コロナウイルスの感染拡大など、人々の幸せや世界の平和を、持続不可能とさせる事態が多く発生しています。

 そして、戦争――。

 私は、教育大学の学長として、とりわけ、幼い子供が命を落とし、学校が襲撃されることに、強い怒りと深い悲しみを覚えます。テレビに映る、ぬいぐるみを抱えて祖国を離れる子ども、終戦を願ってベートーベンの「歓喜の歌」を合唱する子どもをみて、人間に対する憎しみ、深く傷ついた感情、目の当たりにした悲惨な光景が、決して消すことのできない経験となって、子どもたちの成長に影響をもたらしていくことに、戦争の恐ろしさを改めて認識させられます。

 今日から大学院生となったみなさん、日本や世界の平和を持続可能なものにするために、あなた方ができることは何ですか? 

 大学院は研究科であり、本学大学院は「教育学研究科」です。学則には、その目的として、「広く教育関係諸科学を研究し、教育実践に関する科学的研究を深めることによって、豊かな人間性と高度の専門的教養を備え、教育の理論と実践に関する優れた能力を有する教員及び教育者を養成します」と掲げています。
 「研究」の究極的な目的は、社会や人々を幸せにすることだと思います。「豊かな人間性と高度の専門的教養を備えること」、「教育の理論と実践に関する優れた能力を有する教員及び教育者を養成する」こと、このどちらも、皆さんに幸せな人生を送っていただきたい、という願いでもあります。そして、その皆さんが行う研究によって、他の人々や社会を、是非、幸せに、そしてその幸せを持続可能なものにしていただくよう、期待するものです。

 ところで、本年度より、奈良教育大学は、大学院を大きく改革いたしました。教員養成大学の大学院は、もっぱら高い資質・能力をもつ新人教員の養成と現職教員の力量形成を目的とする「教職大学院」に移行させるという、国の方向性がありました。全国ほとんどの都道府県で教職大学院が存在する中、奈良教育大学の教職大学院は、ESDを主軸とし、どのコースで履修しても、ESDのエキスパートとして、自信をもって「持続可能な社会づくりの担い手」、つまり、未来を生き、その未来を幸せなものにしていく資質・能力をもった子供を育てられる教員の養成・研修機関として新たなスタートを切りました。
 そして、学校教育マネジメント、教育発達支援、教科教育、のそれぞれに関わる専門的・理論的研究が十分にできるカリキュラムを用意しました。研究は、これは私の経験ですが、まだわからない未知なること、当たり前とされていることでも何か疑問を感じること、などがきっかけとなり、それをどうしても解決したい、という欲求や渇望感が出てきた時、急速に進展するものと思われます。

 一つ、面白い話をしましょう。私の専門は音楽ですが、多くの音楽室には作曲家の肖像が貼られています。学校によっては、幾分、日に焼け黄ばんだベートーベンがいたりします。私は音楽科の先生方が集まる、ある研修の場で、「音楽室に作曲家の肖像を貼る意味は何ですか」と聞きました。一つ一つの行為の意味を、あらためて問い直してほしかったからです。しかし、ほとんどの先生方は、きょとんとして聞いていました。

 講演が終わった後、ある先生が私を訪ね、こう言いました。「私の授業では、授業の最後に後ろを向かせ、『ベートーベンさん、シューベルトさん、今日の私たちの歌はどうでしたか』と声をかけるようにしています」と。それならわかります。作曲家の肖像を貼ることの意味と、意図が、その先生の中に備わっているからです。
 同じように、「なぜ、分数を分数で割ることを学ぶのか」、「なぜ、美術の授業があり、なぜ、絵を描くのか」など、学ぶことの意味を、子供自身もわかり、納得がいくように話せるためには、専門と教育実践に関わる研究が必要だと思います。

 「専門と教育実践に関わる研究」と申しましたが、毎週日曜日にラジオで放送される「NHK子ども科学電話相談室」を聴くと、一流の専門家でありながら、子供の質問に対し、わかりやすく答えることがなかなかできないことがよくあります。科学的には正しいのですが、子どもにわかりやすく説明する、ということに苦労し、戸惑っている研究者が意外と多いです。その分野の専門家ではありますが、教育実践に関わる専門家ではないからでしょう。「生きていることと死んでいることの違いは何ですか?」「眠ってしまうと音が聞こえなくなるのはなぜですか?」など、子どもの素朴な質問に答えた後、アナウンサーが、「何々ちゃん、わかりましたか?」と問いかけると、質問した子供は「わかりました」と言いますが、本当は「わからないなぁ」と思っているに違いない、と私は思ってしまうのです。
 教職大学院に入学された皆さんは、やがて、これらの質問が子供から出されたとき、「わかったー!」と言われるような説明ができるよう、専門的な研究と、実践的な研究を往還させる努力をしてください。

 修士課程は、世界遺産に囲まれた本学ならではのこれまでの取組、そして留学生を多く受け入れてきた実績により、存続させることができました。修士課程の目的として、「伝統文化やその教育、国際理解教育を持続的に発展させ、関連する課題を探求・解決し、多文化共生社会の実現やSDGsの達成に貢献できる人材を育成」することを掲げています。
 奈良の地にあり、ユネスコスクールであるという本学の利点を生かし、伝統文化やその教育、国際理解教育について、その両方を繋げ、日本人院生と留学生とが共修し合って、研究を深めてください。そして、修了後は、教育学修士という学位を誇って、研究を続けるとともに、様々な場で持続可能な社会づくりに貢献されることを期待します。 

 研究においても、教師という仕事においても、「感性」は重要です。感性とは、単にモノやコトを感じ取る能力をいうのではありません。視覚、聴覚などの感覚器官によって認識したこと、そのモノやコトについての知識など、すでに自らが保有している経験をフル活用し、そのモノやコトの「価値」を考え、判断することです。つまり、「感性を働かせる」ということは、自らが積極的に、モノやコトに迫り、価値を見いだしていくという、きわめて能動的・創造的な行為です。「研究する」ということ、授業中の子どもの状態を見抜くこと、などは、感性を働かせることの連続ではないでしょうか。

 感性の働きによって起きる強い感情の変化の1つに、「感動」があります。
 「感動する」という経験が、その後の人生に対して大きな影響をもたらすことは、みなさんもこれまでを振り返ってみれば、わかるものと思います。皆さんが教壇に立った時、子どもに感動を与え、その感動を皆で共有させることのできる教師になっていただきたいと思います。あるいは、皆さん自身、研究を続けていく過程で得られる感動は、必ず次の研究を加速化させることでしょう。
 感動は、しょっちゅう経験できるものではありませんが、日々、「感性」を磨いていることにより、その頻度は増すものと思われます。感性を磨くためには、モノやコトを、よく見、よく聴き、よく味わい…、そしてよく考え、モノやコトを表面的に捉えるのではなく、それらの本質を見抜いていく経験を積んでください。見抜いた本質、それが、あなたが掴んだ、あなたにとっての「価値」です。

 世界遺産に囲まれた奈良教育大学は、そうした経験が多くできる環境にあります。大学院生として学び、研究し、めぐり合う仲間や地域の人々、子どもたち、そして、自分の研究分野と重なる人々や、異なる分野の人々とのコミュニケーションや対話を大切にしてください。

 大学院生として必要な知識や技能、研究力、高度な教育実践力、そして、人間として必要な、鋭い感性や創造性、社会性、さらには、これから必ず必要となる国際性を身に付けられるよう、文化功労者であり、半導体の世界的権威でもある榊裕之理事長、そして奈良教育大学教職員一同、力を尽くしていくことを誓い、入学式学長告辞といたします。

 

令和4年4月5日
奈良教育大学 学長  宮 下 俊 也